愛と誠です。愛と誠ですよ。
って何のことかわからないかもしれませんね。
梶原一騎の往年の名作「愛と誠」です。
っていい加減くどいですね。すいません。

ほぼ同時代に連載されていて、同じく一世を風靡したあしたのジョーとか、巨人の星とかに比べると今となってはほとんど忘れ去られている作品ですな。
なんて思っていたら2012年にまた映画化されたりなんかして、とてもびっくりしたのである。

三池崇史が監督をし、主演は妻夫木聡と武井咲、テレビでもめっちゃめちゃ紹介され・・・、という力の入れようであった。
しかし封切られてからは全くと言っていいほど話題に上らず、どうやらとんでもないコケっぷりだったようだ。

まあ、そりゃあそうだろうね、原作がアレだもん。
読んでみれば一目瞭然である。確かに面白いのだけど、むちゃくちゃ、荒唐無稽というより滑稽、妙に粘着質な人物ばっかりで読んでいて暑苦しい。

梶原作品の登場人物は基本的にものすごく粘着質で、自分の意見をてこでも曲げない。
主人公だけではなくて、脇役までもこうだと思ったときの執着ぶりが衝突して実に、暑苦しく、うっとうしく、かつ馬鹿馬鹿しい。

他の空手バカ一代とか、タイガーマスクとか上記のマンガとかは、それが登場人物の抜け出しえない葛藤として、必然的に悲劇を生み出し、読者も大いに悲劇の人物に感情移入する。
しかし、愛と誠の登場人物の執着ぶりはわがままとしか思えず、完全にバカと紙一重だ。
天才とバカは紙一重だといわれるが、そういう意味では紙一重でバカの部類に入っている。

早乙女愛やその両親、大賀誠、岩清水弘とかそんな善玉だけでなく、悪役の砂土谷峻とかも全員ある意味同じ全部執着質な人物。
もうちょっと柔軟に考えろよぉって少々いらっとする。どーして揃いも揃ってあんたたちそんなに馬鹿なのぉ!
この馬鹿っぽさどっかで見たことがあるなぁと思ったら、あれだよあれ、まるでビッグ錠の「包丁人味平」である。
味で勝負しているのかと思いきや全然いつの間にか味以外のところで勝負してるという、なんというかとにかく勝負が好きな粘着質な人が執念をかけてただ戦うという。あれとすごくダブって見えるわけである。

さて、愛と誠の登場人物の行動パターンは恐るべきステロタイプな人物達であるわけなのだが、それはおそらくこの当時は画期的で、この人物が色々なところでぱくられたり、オマージュされた挙句、ステロタイプな人物として定着したのだろう。

そういう意味では後世に影響を残した偉大な作品ではある。
でも、散々こき下ろしてきたが、暑苦しくも、とてつもない引力でぐいぐい読ませる作品ではある。

まあ、暇があったら読んでみるのが吉である。
とにかくすごいから。