リンク先から引用する。

衣、食、住、が不足している状況下では、幸せの大きさはお金の量に強く依存する。
ところが、上記3点セットが満たされたあとは、お金の量が増えても、それによってもたらされる幸せの量は、それほど増大しないはずである。

これを数式で表すと、こんなイメージ。

H=log(M)
H:幸せの大きさ
M:所有するお金の量

幸福と収入の相関について

これって、絶対成り立つよなあ。と思った。
簡単に言ってしまうと、収入が10倍になっても、食費は10倍になったりしない。
収入が10倍になっても、10台の車を買ったりしない。

なんていうわけで、収入があればあるほどそれに比例して豊かになるということはないということだ。
収入に緩やかに比例して、幸福の度合いは増えるというのが上記の式。

これって、思い出した。経済学の初歩だった。
これは、「限界効用逓減の法則」っていうのだった。そういえば、そんな言葉を昔勉強したなあ。ウィキペディアにはこう載っている。

一般的に、財の消費量が増えるにつれて、財の追加消費分から得られる効用は次第に小さくなる。これを限界効用逓減の法則(げんかいこうよう ていげんのほうそく)、又はゴッセンの第1法則という。

生存するために必要な収入がない人が、生存に必要なだけの最低限の収入を得られるようになったら、これはとても幸福感に寄与するはずだ。
そして、最低限の生活しかできない人が、多少の余裕ができる程度の収入になったらそこまでではないものの幸福感に寄与するだろう。
そこからさらに収入が増えたら、それはそれで幸福感は増えるだろうが、徐々に得られる幸福感は減っていく。

その昔、明治時代の成金はくだらないお金の使い方をしたらしい。
健康な歯を全て抜歯して金歯にしたりといったことをした金持ちもいたらしい。
お金を使うことに腐心すると、逆に人間は不幸になったりするわけである。

金はそれだけでは幸せをもたらさない。

「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」

という言葉がある。
いくらお金をあったとしても、必要とされるスペースや食事の量が変わるわけではないということである。
自分もこれを思うのである。

そこで無理にお金を使って贅沢をしようとしたり、見せびらかそうとするとそれが逆に目的となってしまい、楽しみではなく使うことそのものが苦しみになってしまうのである。

また使わずにいたとしても問題はある。

お金がいっぱいあると遺産を争って仲の良かった兄弟が憎しみあったり、お金をむしろ減らさないために危険な投資をして破滅したり、まあ、よくありますね。不動産投資を勧められて破滅してしまう人。

お金を持って、それを使いたい理由がないとその人は幸せにならないのである。

それに比べて、子供の頃からトロイの遺跡を掘り出したいという夢を持っていて、ついに大金持ちになって資金を集めることに成功したシュリーマンは幸せだっただろう。

ところで、自分が大金持ちになったらどうしようか?自分は正直思いつかないのである。
お金で買えるものってしょせん他人の労働から得られるものしかない。自分の欲しいものといえば、将棋の棋力だったり、ロードバイクで人並みに走れる走力だったり、健康だったり、一過のだんらんだったりするのだがどれもこれもお金では手に入らないものばっかりである。

自分はお金持ちにならない方がよさそうである。