SEOの議論がかみ合わない理由

SEO

人によっては良いコンテンツを作ることがSEOだと言うし、人によっては技術論がSEOにおいて重要であると言っている。
このふたつの間には非常に大きな開きがあり、まったく別の事柄に見える。
結構この手の会話になると、宗派が違うというか険悪な議論になったりすることすらある。

しかし、冒頭に挙げたふたつの観点はいずれもSEOのアプローチの違いである。
これはまったく違うことのように思えるが、実は共通している根本は同じなのだ。

「ファインダビリティを高めること」

これなのである。
ファインダビリティとは日本語に強いて訳すとすれば「見つけやすさ」である。
つまり自然検索を通じて多くのユーザーに自分のWebサイトを見てもらうための様々な取り組みがSEOなのである。

良いコンテンツを作ることは、狙っているキーワードでの検索結果での上位に表示されることにつながる。またコンテンツの品質が高いと検索エンジンから評価されれば、狙っていない様々なキーワードでも検索結果に表示されるようになる。といったわけで個々のページの集客力が上がるわけである。
更にはWebサイトの中に良質と考えられるページが増えていくことで「このWebサイトは良いWebサイトだ」と検索エンジンから評価されるようになってくる。
SEOとはぶっちゃけ「良いコンテンツを作ること」といわれる理由はここにある。個々のページも上位表示するようになるし、Webサイト全体の底上げにもつながるからである。

しかし、SEOとはこれだけではない。

いくら良いコンテンツを作ったとしても、検索エンジンがそのコンテンツの良さを認識できないときがある。
技術論も重要である。むしろ技術論は良いコンテンツ以前に重要である。
例えばそのページがnoindexとなってしまっていたら、検索エンジンは検索結果にいくら良いコンテンツであってもページを表示しない。これは極端な例だが検索エンジンがこのページにたどり着けないといったことも多々ある。
検索エンジンがページの存在を認識することができなければ、やはり検索結果には表示されない。これを防ぐためにはsitemap.xmlの実装、サイト内の構造、ページ内リンク、Javascriptの処理といった技術要素が重要になってくる。

WordPressといったCMSの良さはこのあたりにあって、このようなCMSを使っておけば最低限この種の技術要素はクリアできる。
数百ページレベルのサイトであればWordpressを使っておけばまあだいたいOKという感じである。

しかし、数十万ページ以上になったり、独自のCMSを使う必要があったり、掲載している情報が自社のコントロール下にないケース(例えばアメブロとか、楽天とか、食べログみたいなユーザーが情報を作っているメディア)であれば技術論が重要で、むしろ技術論しかないといっていい。

SEOと言っていながら、話が噛み合わないことがあるのはこのあたり原因があるのだ。

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