人間は何故に殺しあわなくてはならないのか?
戦争という何の恨みもない者どうしが殺しあわなくてはならないこの悲惨。
私が考えるに、これは生物の特性なのかも知れないと考えたりする。
確かに人間には理性というものがあって普段はこれによって判断し、行動している。しかしながら、遺伝子の中に行動特性が刻み込まれていて、これによって行動してしまうのではないか?とも思う。
ニホンミツバチはオオスズメバチに襲撃されると、たくさんのミツバチがスズメバチを包み込んで、蒸し殺すという行動をとる。それでも撃退に失敗した場合は、大挙してスズメバチが襲来する前に、幼虫や、蜜などを残して逃走する。ところがオオスズメバチが存在しない西洋で進化した、セイヨウミツバチの場合このような防御行動を取らず、襲撃されて全滅の憂き目をみる。
蜂たちは言語を持たない。語りづぐということはない。なのに何故、ニホンミツバチはこのような行動を取るのか?それは遺伝子レベルにおいて行動があらかじめプログラミングされていたためとしか説明がつかない。
人間の場合はどうであろう。
アルコール中毒で幻覚症状に陥った人は、その人の成育した文化圏にかかわらず蛇の幻覚を見るという。
心理学者のユングは人間の通常言われるところの、無意識より更に深部の意識されない、心の深層を「集合的無意識」と呼んだ。
人間はこの集合的無意識のレベルにおいて、ある一定以上の個体密度に達すると、殺しあうようにできているのではあるまいか?という気がしてしまうのである。
ねずみが増えすぎると、ねずみは大挙して水に飛び込んで自殺するという話があるが(まあ、真偽のほどは定かではないのですが)それである。
中国は昔から人口統計を比較的正確に取っていたこと知られているが、前漢(西暦0年頃)の時代から清朝(西暦1800年頃)までの推移を見ると、6千万人を超えない程度で推移している。王朝交代時には人口が数分の1まで毎度毎度激減している。
中国のような、農耕による土地の生産性が高く人口が増えうる地域では、放っておくとどんどん人口が増える。それで人口が増えすぎると、社会構造の変化が起こったりして、何かのきっかけによって人口の大減少を引き起こす出来事が起きるのではないか?
(ちなみにヨーロッパの場合などは土地の生産性が低くずっと中世まで基本的には横ばい。日本は非常に緩やかな増加)
上記の現象は、中国という国の国民性に関連するのではなく、人間という生物をもし、理想的な状況で繁殖させたらどうなるかということを指しているのではあるまいかという気がするのである。
近年では6000万人などという人口規模をはるかに超えて増えているが、それはおそらくは食料の生産効率が高まったためであろう。
しかし、食料の生産効率が今後何倍にもなることは考えられないが、人口が何倍かになるということは容易に想像がつくし、実際にそのようになっている。私が子供の頃は地球の人口は47億人などといわれていたが現在70億人にも達しており指数関数的に増加している。
このままいくとひょっとして近い将来、全世界的に人口が激減するようなとてつもない事態が起こるのではないかと危惧したりするのである。
コメント
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生物は固体密度が高くなり過ぎれると「共食い」をして個体数を調節しますが戦争も同じ事だともいます。むしろ人間の行動が生物学的でない、と考えるほうがエゴかもしれません。戦争とは正義の追求でなく、生存に必要な資源の争奪戦と考えるほうが理解しやすいでしょう。マクロな視点で見れば人間の行動は全て生物学で説明できるでしょう。
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人一人一人はそれぞれに意思を持って生きているのでしょうが、種総体では生物学的な振る舞いをするのかも知れないと思います。仮説ですが。
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【種総体では生物学的な振る舞いをするのかも】以前は同じように『キリンの首はいっせいに長くなるように意識した』なんて思っていましたが、残念ながら種の総意なんてものは無いですね。あるのは互いの関係だけ。