約1ヶ月が経ち、退院の日になった。
実に憂鬱である。口止め料の工面のこと、離婚のこと、これからの生活のこと・・・。鉛の塊を飲み下したように、青い空と裏腹に心は重く、処理し得ない得体の知れぬ不安としてのしかかる。

それでも久しぶりにパジャマではない服を着て、少しは気分が晴れるような気がした。

寮の私の部屋のドアを開け、電気をつけるとゴミ袋にくしゃくしゃと丸められた服が入っているのが見えた。スーツもグシャグシャである。それを見た瞬間に更に暗い気持ちになったのだ。
久しぶりに携帯電話に電源を入れる。
病院の中では携帯電話が禁止だったので、ずっと使っていなかったのだ。

「メッセージは58件です・・・」

留守電のメッセージがあることをアナウンスは告げていた。
背筋が寒くなる。心当たりがありすぎる・・・。誰からであったとしてもろくでもない知らせでしかないはずだ。このまま携帯電話を叩きつけて壊してしまいたくもなったが、それならば、メッセージだけ消せばいいだろう。冷静にならねば。
ならば、ということで思い切ってメッセージを全て聞かずに消去した。

ところが、次の瞬間。

着信。

彼女からである。私は死神に魅入られた人のようにその場に凍りついた。でも、出るしかない・・・。

「課長、帰ってたの?何度も留守電入れてたのに全部マル無視なんてひどーい。もう愛してないから?」

そうじゃないけど、といおうかと思ったが、愛していないのは事実なので思わず口ごもった。

「ちゃんと課長の言われたとおりに警察に答えたもんね。えらいでしょ。ほめてほめて。」
「・・・・・・君は偉いよ。」
「そうでしょ!えらいでしょ!っていうところでお約束お願いしまーす。毎月のお給料、お願いね。私の銀行口座の番号、留守電に入れといたわ。」
「すまん、それ消したんだ。」
「えええーーー、なんでなのーーー。意味わかんない。あたしはお約束守ったのに課長は守るつもりないんだ?ひどいわ。嘘ついたのね。」
「いや、そんなつもりはないんだ。」
「そんなつもりじゃなきゃ、どんなつもりよ。」
「ごめん、間違えて消しちゃったんだ。だから、口座番号もう一回教えてくれよ。」
「わかったわ。そそっかしくって、人を馬鹿にした課長さんのためにもう一度教えてあげる。」

このモノのいい方に改めて怒りが噴出してくる。この人でなしめ!あの時、やっぱり自分がどうなろうとも、彼女を殺して食っておけばよかったという慙愧の念に駆られる。

「まあ、今月は入院してたことだし、今回は払ってもらわなくてもいいわ。来月から、そうね、あたし失業しちゃったから、毎月のお給料日だった20日に頂戴ね。もし、その日が金融機関のお休みの日だったらその前に振り込んで欲しいの。これは経理の常識よね。まあ、言わなくても課長さんには分かってるでしょうけど。」

そんなことわかんねーよ。ってここまで出かかる。

「わかった。そうするよ。」

口調を抑えるのに必死だった。もうこれほど愚弄されて黙っていられるわけがない。特大の甲羅バサミを携えて、部屋を出た。
せっかく、部長に骨を折ってもらったのにその好意を無にしてしまうことが悔やまれて仕方がなかったが、どうしようもない。