「・・・・、関係ないか。そうだな。もう君とは他人だ。お前のような悪党ガニが誰と付き合おうと勝手だ。もう妻にばれたんだよ。だから、もう脅しは効かない。」
「そうなんだ、お気の毒ね。それより私を起こしてよ。」
「嫌だね。起こしてやるからその前に俺が脅し取られた、ブランド物を返してもらうよ。」

彼女は脚をゆらゆらさせながら起き上がろうと必死にもがいた。

私は部屋のクローゼット、たんす、化粧台を全て開けて引っ掻き回す。

「ない、ない、ないぞー。いったいあれほど買ってやったものをどこにやったんだ!」
「いくら探してもないわよ。全部売っちゃったもん。」
「何!」
「だって、あたしがもらったもんだもん。どうしようとあたしの勝手じゃない。」
「ふざけんな!じゃあ、金に換えたわけだな。せめてそれを寄越すんだ!」
「金はないわ。カレって貧乏な学生だから、カレに色々買ってあげたりしたの。それに全部使ったの。悪い?」

まじめに殺してやろうと思ったが、こんなくだらない女、いや、カニを殺しても仕方がない。もうこのことは忘れるしかない。
でもどうせだったらその前に・・・。
さっき殻を割ったところに手を突っ込んで肉をちょっとだけ引っ張り出し、口にほおばる。たちまち芳醇な甘い香りとプリプリした食感が広がる。やっぱり新鮮なだけに旨い。

「どうせ、痛くないだろうし、再生するものだから、別にかまわんだろ。これだけで勘弁してやるからありがたいと思え!ああ、俺はなんて善人なんだろう。」

「何が善人なのよ!意味がわからない。善人はカニを食うわけ!食われたりしたらそこ、あとが残っちゃうのよ!あたしすごーく、傷ついたわ。今までほんのちょっとだけは好きだったけど、もう大嫌い。もう顔も見たくない。」
「それはとても結構だ。俺はすっと前からお前のことが大嫌いだったよ。」

そう言い終わり、ふと我に返ると全身総毛立つような激しい痛みを感じた。かなりの出血である。
スーツが血でべったりだ。
病院に行かないと死ぬかもしれない。だが、病院に行ったら、いきさつを全て警察に話さなくてはならなくなるだろう。流血沙汰になった格闘の理由を尋ねられるだろう。そうしたら彼女は洗いざらい話すかもしれない。会社の金を横領したことまでが白日の下にさらされる。嗚呼、まさしく身の破滅・・・。

待てよ、彼女と口裏を合わせればいいのだ。

ただ単に私は間男に気がつかない間抜けなサラリーマンで、それをなじった私と、彼女が取っ組み合いの喧嘩をして、こんな怪我を負ったとだけ話せばいいのである。これならば嘘ではない。筋書きも通っている。
もう妻とは離婚することになるのだろうから、自分としては社内の信用を失う他のダメージはない。致命的なダメージにはならないだろう。横領がばれるよりよっぽどましだ。そんな打算が瞬時に頭に駆け巡った。

口裏を合わせて欲しいということを彼女に話すと、

「いいわよ、でも条件があるわ。」
「なんだよ。」
「もうあたし、あんたの顔とか見たくないんで、お金だけちょうだい。毎月100万円でいいわ。おまけしておいてあげる。これなら何とかなるでしょ。」
「俺は被害者なんだよ!俺が何で払わなきゃいけないんだ。」

「だって、あんたが会社の金横領しているのあたし知ってるもん。証拠の書類もコピーしてあるわよ。全部会社にばらしてもいいわよ。あたしちっとも困んないもん。」
「会社にはいられなくなるだろう。」
「まあ、そうだけど、あたしただのOLだし。また別の会社に就職すればいいもん。でも、できればあんたからいっぱいお金がもらえるのがいいなあ。なーんて思うのよ。」

たかだかカニだと侮っていたのがいけなかった。こいつは知恵が回るのだということがたった今わかったのである。遅すぎだ・・・orz。

「だから、末永いお付き合いをお願いしますね。課長っ!」