新入社員の良子はタラバガニだった。
彼女と不倫関係になるのにほとんど時間はかからなかった。
一緒に行きつけのバーに行った帰りに、酔いのまわるまま男と女の仲になってしまったのである。

机に貼られた電話メモを裏返してみると、彼女からのメッセージが書いてあった。
「きょうはいっしょににあそびたいなぁ~」
と、書いてある。

それを見ると気持ちが暗くなる。

5時になった。
良子は5時きっかりに流れる「夕焼けこやけで日が暮れて~」の音楽がかかるのと同時に席を立って、更衣室に向かう。
いい気なものである。

私は銀行からの電話につかまってしまって、会社を出たのは5時半だった。
彼女は仏頂面をしていつもの喫茶店で私を待っていた。
彼女は興奮して口からぶくぶく泡を吹き出しながらしゃべる。

「課長ったらひどーい。30分も待ったのよ。」
「すまない。」
「ゆるさないわ。この罰としてシャネルのバック買ってくれなきゃ。」
「先週、欲しいっていうルイヴィトン買ってやったじゃないか!」
「だって、あれ重たいし、なんか飽きちゃった。」
「あれだって高かったんだぞ。」

20万円もしたのである。こんな金額を時々ごまかすのは結構苦労するのだ。
私の権限で10万円までの物品なら買うことができるが、それ以上になると、帳簿を改ざんしたり、領収書を偽造したり色々しなくてはならない。

「だって、いいじゃない。どうせ会社のお金でしょ?」
「おい、声が大きいよ。もっと小さい声で話してくれないか。」

勘定をそそくさと済ませて、店を出て二子玉川にタクシーで向かう。
タクシー代もそりゃあ、半端ではない。これだけあったら何回昼飯が食えることやら。

高島屋で例のシャネルのバックを買わされてしまった後、お決まりのようにホテルに行って、朝になった。
妻にもなんと言い訳をしたものかと最近は困り果てている。
私は婿養子であり、もし妻から離婚されたら行くところがない。最近はうすうす妻も感づき始めているようである。

公私共にわたって追い詰められているのだ、それもこれもといえば全て・・・。
彼女はパジャマのしどけない姿からスーツに着替えている。
起きぬけの私は空腹で、いつもそうであるように彼女を食べたくなる衝動を抑えるのが大変だった。

いつか彼女を食ってやろう。そう思うことだけが自分の慰めであった。
ホテルを出ると太陽がまぶしく、私は日差しに顔を向けられない人のようにうつむいて歩いた。

「朝ごはん食べたいーー」

彼女が言う。もう少しちゃんとした物の言い方ができないのかと私は更にいらいらする。
そんな不機嫌な顔をまるで撮りたかったかのように、微かにシャッター音が聞こえた。

嫌な汗が流れ落ちるのを感じた。

私は音の方向に振り返って見ると深々と帽子をかぶった若者の姿が見えた。
彼は私と目が合った瞬間、脱兎の如く逃げ出した。

私は若者を追う。しかし、普段からデスクワークでなまっている体である。10歩も走らないうちに息が上がってしまい、その場にへたり込む。ぶざまの極みである。

夜である。
家に帰って鍵を開けようとしたら、鍵が合わない。
恐る恐るインターホンを押す。
無反応だ。
また押してみる。

繰り返すこと10分ぐらい、インターホン越しに妻の声がした。

「ここは私の家よ。もうあなたみたいな汚らわしい男、見るのも嫌。二度と帰ってこないで。あのカニと一緒に泡踊りでも裸踊りでも好きにしてなさいよ!」

※画像はこちらからお借りしました