だいぶ前の話になるが、メールで相談を受けたことがある。

芥川の「羅生門」という小説の中において、

「門という空間世界についての理論」

について卒業論文を書きたいので、何か意見を聞かせて欲しいというメールだった。何で、僕のところに相談がくるんだろう?芥川についてやっているホームページなんて死ぬほどあるだろうに。窯変源氏物語を扱っているせいかなあ。

困った、芥川については実は余り知らないのである。そもそも余り好きな作家ではない。何で余り好きではないのかな?と考えた。
思い当たることがあった。まず中学校の国語の授業で「トロッコ」を扱った。「状況描写や、心理描写がこんなに素晴らしいんだ、すごいんだよ、これが文学だ」みたいな授業があって、それが理屈では分かっても心の中ではちっとも分からない。だって、あれを中学生が読んで分かるかねえ。
また、高校の授業では「鼻」「芋粥」「羅生門」を扱った。これ程教科書で取り上げられる作家も少ないのではないか?

それで、その都度、「芥川龍之介は偉大だ。その偉大さがわかんない奴は国語がわかんない奴だ。そんなのは日本人じゃない、いや人間ですらない」みたいな圧力がかけられて、分かったふりをしなくてはならない。だから、好きじゃなかったのだろう。

これと同様にして、音楽の授業で扱うベートーベンの第五番、運命と言われている曲、あれの第一楽章の冒頭「じゃじゃじゃじゃーん」ってハクション大魔王じゃないっーの。主題の提示が終わった後ひたすら眠くて、ああ、クラシックというのは眠いものだと思ってしまうのだ。それで音楽も嫌いになる。そこで学校教育の弊害を思ってしまうわけである。

さて、芥川の話に戻ろう。「羅生門」は落ち着いて読んでみるとなかなか面白い作品であった。

それでこのテーマについて考えてみることにした。

芥川と門か・・・・。

そもそも、今昔物語から題材を取ったのだから、門というもの自体に意味はないんじゃないか?それを卒論で書くのは苦しいのではないか?そんなんで卒論が書けるのか?他人ごとながら心配になった。

でもそれは全然心配ないと思ったのだ。この小説において門の存在が物語の背骨になっていると私は確信したのだ。
都と、都以外は区別が厳然としてあって、それを隔てるのが門であった、ということ。

仏教の用語で言うならば、

「此岸」(しがんと読む。人間の住む現世の世界)と
「彼岸」(ひがんと読む。悟りを開いた人間が至る世界)

で、都の中はいわゆる此岸で、外は彼岸、
彼岸と此岸を隔てるのが門なわけ。

人格の此岸と彼岸・場所の此岸と彼岸を一気に切り替えるものそれが羅城門だったという解釈が可能である。
つまり人間の人格の変容と場所の変容を二重写しにしているというわけだ。

都の中は当時の文章を綴る人間であった普通人であるところの都人が住んでおり、外には当時「土民」と呼ばれた縁遠い人間が住んでいた。
源氏物語の「須磨」の章に「土民」についての記述がいくつか出てくるが、あの記述は明らかに人間としての描写ではない。まるで、馬か犬でも書くような文章である。彼らはまともに言葉を理解することも出来ないのだから。

これが当時の一般的な知識人階級たる貴族の一般的な認識であったのだろう。

つまり、まっとうな人間の住む都、土民の住む都の外。という認識があったのではないか?
それを隔てるのが門で、中と外は別世界というわけ。
そこにおいて下人は理性を脱ぎ捨てて、外の世界の住人に成り果てたという解釈は充分に可能だろう。

最初なぜ、下人は羅城門にたたずんでいたのか?
それは下っ端であれ貴族階級であった下人は、やはり、まっとうな人間たる都の人間だったからだ。だから、都の外の野蛮な異世界に行きたくなかったからではないか?
しかし、あの老婆の服を盗む決心をして、野蛮な世界で生きていくという決意が固まって下人は生まれ変わる。そうして、門の外の世界の人間になることができた。そうならなければ下人は都から出ていくことが出来なかったかも知れない。

これが物語を読んだだけの解釈だが、これだけではまだまだ不十分である。これだけならば、今昔物語の「門」の解釈に過ぎない。
芥川の書く「門」にはもう一つの意味があるのではないか?

羅生門には実はとんでもない比喩が隠されているのではあるまいか?と思う。
大正4年という発表の年をどうとらえるかがここでのポイントになるかも知れない。

この頃には日本は近代国家としての基盤を固めて、そうして近代的自我も生まれつつあった。
近代的自我とは一言で言ってしまうと、
「私の人生は私が選ぶ権利がある!だからどうやったっていいじゃないか!」
と言ったところから始まっている。ところが、こう言うと常に他者との摩擦がさけられない。

芥川が羅生門を書いた前年、夏目漱石は「こころ」という小説を発表しているが、その本当におおまかなストーリーというのは、
主人公の先生はKという友人と三角関係になり、結局自分の意志を通すためKを裏切り女性を得る。結果としてKを自殺に追い込むことになる。しかし、「先生」も良心の呵責に結局耐えかねて自ら死を選ぶ。というものだ。
これはつまり近代的自我の敗北のだろう。

構図的に芥川の「羅生門」に似ていないだろうか?
芥川が師事したのが夏目であることはよく知られている。
芥川は当然、漱石のこの小説を読んでいるはずである。そうして、近代的自我がもつ本質的な非倫理性を感じ取る。そうして、「羅生門」が生まれたのかも知れない。
だから、当時の近代的自我の主導者であった、知識人達はこの小説に深く共感したのではあるまいか。そう私は思うのである。

最後の、
「下人のゆくえは誰も知らない」
この言葉はこれからの、近代的理性の帰結が如何なるものか?それは誰にも分からぬという比喩に私には聞こえる。